6戦全勝の完全V、彗星JAPANがアジアの頂点に!

日本ハンドボール界の悲願成就。10月28日の17時半(日本時間23時半)からスローオフされた男子のアジア予選決勝・日本vsバーレーンは、前半途中以降、一度も同点打を許さずに戦い抜いた日本が32-29で勝利。アジアの頂点に立ち、来年の世界大会行きを決めた。(文/スポーツイベント・ハンドボール編集部

前半中盤から日本が抜け出す

26日の準決勝・韓国戦同様に、ヒュンメル契約選手の部井久アダム勇樹選手が1人前に出て、相手のパス回しにプレッシャーをかける5:1DFで試合に臨んだ日本。バーレーンはその5:1DFを攻めづらそうにしていたものの、1次リーグでの対戦時(27-26で日本が勝利)にはケガの影響で欠場していた相手のエースにうまく得点され、簡単には点差をつけることができない。ミスが重なった前半中盤の14分には、一度は8-9と逆転される。

それでも、GK坂井幹選手の好セーブなどでしっかりとDFを締め直すことでリズムをつくり、22分から、ヒュンメル契約の安平光佑選手、吉田守一両選手らで5連続得点して、17-13と4点差をつける。

さらに安平選手と交代で入ったキャプテンの東江雄斗選手が、残り3秒というところでカットインからシュートを決めて18-13として、前半を折り返す。

バーレーンの猛追にも動じなかった日本

後半は、熱狂的なサポーターのすさまじい声援に後押しされたバーレーンが出だしから猛反撃。やや受け身に回った日本は、早くも6分には19-18と1点差に詰め寄られる。しかし、今大会の日本の強さを象徴する、接戦での落ち着いたプレーぶりはこの試合でも健在。

前半途中から出場して好セーブを見せていた坂井選手が顔にボールを受けたあと、交代でコートに戻ったGK中村匠選手が7mTをストップし、その跳ね返りを拾われてのシュートも連続で止めるなど驚異的な集中力を見せたのも大きかった。DFでよく耐え、OF陣もそれに応えて安平選手、吉田選手、元木博紀選手、吉野樹選手らが次々に得点して、再度バーレーンを突き放す。

残り3分を切り、吉野選手のゴールで31-27としたところで、あとがないバーレーンはハーフコート・マンツーで最後の反撃。

安平選手が冷静にOFをコントロールしてボールを回し、DFのスキをつくったところで自ら切れ込んで32点目を相手ゴールにねじ込み、歓喜のフィナーレを迎えた。

日本男子が予選を突破したのは、じつに36年ぶり。日本球界の悲願を、ダグル・シグルドソン監督のもとで長く代表チームで戦い、じっくりと力をつけてベースになった東江選手、渡部仁選手、元木選手、笠原謙哉選手、徳田新之介選手らベテラン・中堅勢、そして、伸び盛りの勢いでチームに勢いをもたらした部井久選手、安平選手、吉田選手、中村選手、徳田廉之介選手ら若手が見事に融合し、ライバル韓国のフレイタス監督が「これまでで最高の状態だと思う」と脱帽したほどの強さでアジアを制した。

2024年夏にパリで開催される世界大会への自力出場が36年ぶり。東京大会の予選敗退から2年。彗星JAPANが新しい歴史を踏み出した。


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日本ハンドボール協会/Japan Handball Association(JHA)

日本ハンドボール協会は、1938年、日本送球協会としてハンドボールの普及を目的に設立。1952年には、国際ハンドボール連盟に加盟し世界への第一歩を踏み出すと共に、1950年代後半からは、7人制への関心の高まりを受け、女子は1957年から、男子は1963年から7人制へ1本化し、普及に弾みをつけました。1961年、1962年から男女ともに世界選手権に初参加。オリンピックも1972年ミュンヘンでの競技採用時から代表権を獲得するなどアジアでのリーダーとしてその役割を果たしてきました。2019年熊本で行われた女子世界選手権では、最終順位10位で大会を終え、2021年に行われた2020東京五輪では男女共に1勝を挙げるなど、世界の競技レベルに近づきつつあります。

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